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カスタマーレビュー
おすすめ度:
名著です
(2008-11-15)
名著です。解説も名文。何度読み返しても得るところがあります。漢文の調べのなんと気分の良いことか。声を出して読んでいます。
私家版『和漢朗詠集』の漢詩のみヴァージョン
(2007-07-08)
中国人60人、日本人40人の漢詩を100首集めて、しかも、全文ではなく、サワリといいますか、一番、調子のイイところを紹介した、東洋の歴史2500年で生まれたベストヒット・メドレーみたいな本。選者である詩人の高橋睦郎さんは、『敗戦の折、日本人一般の脳裏に浮かんだのは、人麻呂の和歌でも芭蕉の発句でもなく、杜甫の漢詩の一行、「国破れて山河在り」ではなかったろうか』とまえがきで書いていますが、漢詩はの日本語に対する影響というものは本当に大きいものだと思いますし、副題の『日本語を豊かに』というのが、意図を語っています。
楽しいのは、日本人の詩人はともかく、中国の詩人のチョイスには相当、心が砕れているところ。なにせ、一番最初が孔子。「逝く者は斯夫の如きか、昼夜を舎かず」(『論語』子罕)が収められているんですから。そういえば詩ですよね。この響き、調べは。次も荘子の胡蝶の夢ですし、ようやく陶淵明が来るのは11人目。もちろん、『和漢朗詠集』の伝統は生きていて杜甫と李白は一篇ずつ。まあ、一人一篇ということで白楽天もひとつにはなっていますが(『和漢朗詠集』では135篇!)。中国人のラストは毛沢東の「七律 答友人」(1961)の一節。「九巍山上、白雲飛び、帝子 風に乗って翠微に下る。班竹一枝 千滴の名涙、紅霞万朶、百重の衣」。確かに、こんなのを読むと、毛沢東といのは皇帝の気分だったんだろうな、と思います。
豊穣な詩的言語の世界へ「詩人=評論家」のガイドと共に
(2007-04-13)
著者の高橋睦郎は非定型詩、俳句、短歌、さらに舞台芸術の脚本執筆と
同世代の寺山修司にも劣らない多彩な活躍を誇る詩人であるが、
近年では日本古典を国文学的堅苦しさに捉われない自由奔放な視点から
再評価する試みを続けており、本書はその最新の成果というべきものである。
日本古典教育が無味乾燥な文法に終始しているのと同様、漢文教育も
返り点などのテクニックな観点に捉われすぎているのを嘲笑うかのように
孔子から毛沢東(!)に至るまでの中国の漢詩はもちろんのこと、
(中村真一郎の著作などを除けば)一般的には殆ど知られていない
日本の漢詩も菅原道真、一休禅師、頼山陽、正岡子規とビッグネームが
紹介されており、「文学好き」の漢詩入門には最適である。
おすすめ度:
名著です
名著です。解説も名文。何度読み返しても得るところがあります。漢文の調べのなんと気分の良いことか。声を出して読んでいます。
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中国人60人、日本人40人の漢詩を100首集めて、しかも、全文ではなく、サワリといいますか、一番、調子のイイところを紹介した、東洋の歴史2500年で生まれたベストヒット・メドレーみたいな本。選者である詩人の高橋睦郎さんは、『敗戦の折、日本人一般の脳裏に浮かんだのは、人麻呂の和歌でも芭蕉の発句でもなく、杜甫の漢詩の一行、「国破れて山河在り」ではなかったろうか』とまえがきで書いていますが、漢詩はの日本語に対する影響というものは本当に大きいものだと思いますし、副題の『日本語を豊かに』というのが、意図を語っています。
楽しいのは、日本人の詩人はともかく、中国の詩人のチョイスには相当、心が砕れているところ。なにせ、一番最初が孔子。「逝く者は斯夫の如きか、昼夜を舎かず」(『論語』子罕)が収められているんですから。そういえば詩ですよね。この響き、調べは。次も荘子の胡蝶の夢ですし、ようやく陶淵明が来るのは11人目。もちろん、『和漢朗詠集』の伝統は生きていて杜甫と李白は一篇ずつ。まあ、一人一篇ということで白楽天もひとつにはなっていますが(『和漢朗詠集』では135篇!)。中国人のラストは毛沢東の「七律 答友人」(1961)の一節。「九巍山上、白雲飛び、帝子 風に乗って翠微に下る。班竹一枝 千滴の名涙、紅霞万朶、百重の衣」。確かに、こんなのを読むと、毛沢東といのは皇帝の気分だったんだろうな、と思います。
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