詳細
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カスタマーレビュー
おすすめ度:
女性の心を教えてくれました。
(2006-09-27)
私も病気で11年も闘病生活を送っているので、ミコの日記には、多くの共通点が見られました。それ以前に、私は男ですから、女性がどのように考えているか、ということを多く教えられました。男よりも、やはり女性のほうが落ち着いて考えられるのですね。マコの行動と日記に書かれたミコの本音を比較してみると、それがよくわかります。ミコは大切な青春時代を病魔により台無しにされたと思っていましたが、この本を読んで、特に昭和37年10月20日の「マコの愛情なしでは生きられない」を読んだ時は、脳天を金槌で思い切り叩かれたような気持ちになりました。そう。ミコは病魔に侵された可愛そうな女性ではありませんでした。病魔と同時に、底なしに深い愛を手にしていたのです。この事実に出会った時に、現代の若者の姿が思い浮かびました。いじめの問題、援助交際、逆援助交際など、どこまで廃れていることでしょうか。積極的に加害者になる者もいれば、乾いた涙を流す被害者達。こんな現実を目の当たりにしていると、自然と怒りがこみ上げてきます。ベストセラー「愛と死をみつめて」と一緒に読めば、ミコの本音と建て前がより深く見えてきますが、この本だけでも十分にミコとマコのやりとりは理解できます。短命ながらも多くの深い愛情に恵まれたミコは幸せだったのでしょうか。それとも長生きしてジャーナリストとなり、独身で終えたほうが良かったのでしょうか。当人が他界しているためその答えは永久にわかりませんが、私がミコであれば、迷わず前者をとるでしょう。恋愛に胸を焦がしたり、部活で汗を流したりすることはできませんでしたが、そのかわりにマコとの出会いがありました。他界する寸前まで愛し合い、その後も二人は魂で結ばれています。この日記が示すものはなにか。人生とは何なのか、愛がこれほど過酷なものであったのかを、痛烈に私達に訴えかける至高の叫びであり、人間のあるべき自画像であると私は切実に思います。
無念の、クラーク記念館のあるキャンパスでの学生生活
(2006-05-03)
大嶋みち子様。
1962年7月から1963年6月擱筆されるまでの日記が刊行されておりましたので、拝読させていただきました。大好きだった河野実さんとお優しい父上様、母上様の「思い出」が付記されておりました。また、出版社からの「特別付録」に中学、高校の旧師、主治医のK先生のみなさまのお言葉も載せられておりました。
わずかなページのなかにぎっしりと、大嶋みち子様の現実を直視された思料の深さ、時に見せられる「大陸的な」おおらかさと茶目っ気に触れることができました。私には悲壮感ばかりがございましたが、自己の生きる意味を追求し、自己に立ち返り、生命に律動を与えようとされていらした一日一日の移ろいを読ませていただき、少々気を取り戻すことができました。
付箋を付けながら、私なりに教えられるページに18枚貼らせて頂きました。折に触れて、再読させていただきたいと存じます。ラジオの英語会話、私も松本亨先生が講師を交代される1972年まで聞いておりました。マイクに吹きかかる松本先生の声と自然体の英語指導でしたね。大嶋みち子様が亡くなられてから10年も続いていたのですよ。生きていらっしゃれば、英語の話せる64歳のジャーナリスト。まだまだ、これからますますペンに磨きがかかる頃ですね。
多くの二十歳(はたち)の方々に、そして年頃の娘さんを持つ親御さんにもご一読いただきたいと思います。翌年開催された東京オリンピックを天上界でご覧になられた大嶋みち子様へ。
合掌。
愛と死
(2006-04-11)
「愛と死をみつめて」に書かれていないミコの本心。手紙のほうと一緒に読んでも良いのですが、これだけでも充分な内容があると思います。不治の病に冒され、最初は死ぬことを考えてた著者が、一転、生きることに執着します。顔が半分なくなっても。その後、最後の、結局実施されなかった手術に対しても、果敢に手術台に乗ろうとします。何が彼女をそうさせたのか?
切ない日記なのですが、マコ、およびミコのご両親のあとがき、特別付録の主治医の手記を読んで、さらに切ない思いになりました。
愛するということと、生きる意義のようなものを考えさせられる本だと思います。今の若い人たちに読んで理解していただければ、と思うのですが、現代では受け入れられにくい内容かもしれません。
手紙にかけなかった本心〜「愛と死を見つめて」と併読が必要
(2006-03-25)
「愛と死を見つめて」のレビューにも書いたけれど、1960年代にいわゆる思春期を迎えた世代にとっては、この二人の話は、一種のバイブルであった。
少なくともこの時代には、これらの話や同じ大和書房から出ていた「愛と死のかたみ」などのシリーズは、重大な影響を与えた。私もその影響を受け、その後の成長の過程で、女性との接し方に影響があったことは待ちがいない。
ただ、この種の話が、今の日本でそのまま受け入れられるのかは、大きな疑問だと思う。ここに描かれた真実の話は、その後の時代の流れの中で、日本の社会においては、むしろ「源氏物語」の方が分かりやすいくらいになってしまったのだから。
それを、嘆くべきだと、変に力んでる「マコ」の大学の後輩の自分がおかしい。
この本を読んだときに、交換書簡の方と、日記の方とで、大島みち子さんが微妙な心の変化を示しているのが切なかった。そういう変化を読み取れないとしたら、この二人の話は、単なる「古臭い」話と取られておしまいになってしまうであろう。
私は、そうならないことを祈っている。
愛と死について
(2005-12-18)
この本を読んで『愛』と『死』について考えるようになりました。
特にみち子と実の愛は本当に感動物です。
自分の死が確実なので愛するが故に恋人を解放してあげたいというみち子の気持ちと 、
恋人の死が分かっていても愛するが故に一緒にいたいという実の気持に、涙が溢れます。
是非読んで欲しい書物です。
おすすめ度:
女性の心を教えてくれました。
私も病気で11年も闘病生活を送っているので、ミコの日記には、多くの共通点が見られました。それ以前に、私は男ですから、女性がどのように考えているか、ということを多く教えられました。男よりも、やはり女性のほうが落ち着いて考えられるのですね。マコの行動と日記に書かれたミコの本音を比較してみると、それがよくわかります。ミコは大切な青春時代を病魔により台無しにされたと思っていましたが、この本を読んで、特に昭和37年10月20日の「マコの愛情なしでは生きられない」を読んだ時は、脳天を金槌で思い切り叩かれたような気持ちになりました。そう。ミコは病魔に侵された可愛そうな女性ではありませんでした。病魔と同時に、底なしに深い愛を手にしていたのです。この事実に出会った時に、現代の若者の姿が思い浮かびました。いじめの問題、援助交際、逆援助交際など、どこまで廃れていることでしょうか。積極的に加害者になる者もいれば、乾いた涙を流す被害者達。こんな現実を目の当たりにしていると、自然と怒りがこみ上げてきます。ベストセラー「愛と死をみつめて」と一緒に読めば、ミコの本音と建て前がより深く見えてきますが、この本だけでも十分にミコとマコのやりとりは理解できます。短命ながらも多くの深い愛情に恵まれたミコは幸せだったのでしょうか。それとも長生きしてジャーナリストとなり、独身で終えたほうが良かったのでしょうか。当人が他界しているためその答えは永久にわかりませんが、私がミコであれば、迷わず前者をとるでしょう。恋愛に胸を焦がしたり、部活で汗を流したりすることはできませんでしたが、そのかわりにマコとの出会いがありました。他界する寸前まで愛し合い、その後も二人は魂で結ばれています。この日記が示すものはなにか。人生とは何なのか、愛がこれほど過酷なものであったのかを、痛烈に私達に訴えかける至高の叫びであり、人間のあるべき自画像であると私は切実に思います。
無念の、クラーク記念館のあるキャンパスでの学生生活
大嶋みち子様。
1962年7月から1963年6月擱筆されるまでの日記が刊行されておりましたので、拝読させていただきました。大好きだった河野実さんとお優しい父上様、母上様の「思い出」が付記されておりました。また、出版社からの「特別付録」に中学、高校の旧師、主治医のK先生のみなさまのお言葉も載せられておりました。
わずかなページのなかにぎっしりと、大嶋みち子様の現実を直視された思料の深さ、時に見せられる「大陸的な」おおらかさと茶目っ気に触れることができました。私には悲壮感ばかりがございましたが、自己の生きる意味を追求し、自己に立ち返り、生命に律動を与えようとされていらした一日一日の移ろいを読ませていただき、少々気を取り戻すことができました。
付箋を付けながら、私なりに教えられるページに18枚貼らせて頂きました。折に触れて、再読させていただきたいと存じます。ラジオの英語会話、私も松本亨先生が講師を交代される1972年まで聞いておりました。マイクに吹きかかる松本先生の声と自然体の英語指導でしたね。大嶋みち子様が亡くなられてから10年も続いていたのですよ。生きていらっしゃれば、英語の話せる64歳のジャーナリスト。まだまだ、これからますますペンに磨きがかかる頃ですね。
多くの二十歳(はたち)の方々に、そして年頃の娘さんを持つ親御さんにもご一読いただきたいと思います。翌年開催された東京オリンピックを天上界でご覧になられた大嶋みち子様へ。
合掌。
愛と死
「愛と死をみつめて」に書かれていないミコの本心。手紙のほうと一緒に読んでも良いのですが、これだけでも充分な内容があると思います。不治の病に冒され、最初は死ぬことを考えてた著者が、一転、生きることに執着します。顔が半分なくなっても。その後、最後の、結局実施されなかった手術に対しても、果敢に手術台に乗ろうとします。何が彼女をそうさせたのか?
切ない日記なのですが、マコ、およびミコのご両親のあとがき、特別付録の主治医の手記を読んで、さらに切ない思いになりました。
愛するということと、生きる意義のようなものを考えさせられる本だと思います。今の若い人たちに読んで理解していただければ、と思うのですが、現代では受け入れられにくい内容かもしれません。
手紙にかけなかった本心〜「愛と死を見つめて」と併読が必要
「愛と死を見つめて」のレビューにも書いたけれど、1960年代にいわゆる思春期を迎えた世代にとっては、この二人の話は、一種のバイブルであった。
少なくともこの時代には、これらの話や同じ大和書房から出ていた「愛と死のかたみ」などのシリーズは、重大な影響を与えた。私もその影響を受け、その後の成長の過程で、女性との接し方に影響があったことは待ちがいない。
ただ、この種の話が、今の日本でそのまま受け入れられるのかは、大きな疑問だと思う。ここに描かれた真実の話は、その後の時代の流れの中で、日本の社会においては、むしろ「源氏物語」の方が分かりやすいくらいになってしまったのだから。
それを、嘆くべきだと、変に力んでる「マコ」の大学の後輩の自分がおかしい。
この本を読んだときに、交換書簡の方と、日記の方とで、大島みち子さんが微妙な心の変化を示しているのが切なかった。そういう変化を読み取れないとしたら、この二人の話は、単なる「古臭い」話と取られておしまいになってしまうであろう。
私は、そうならないことを祈っている。
愛と死について
この本を読んで『愛』と『死』について考えるようになりました。
特にみち子と実の愛は本当に感動物です。
自分の死が確実なので愛するが故に恋人を解放してあげたいというみち子の気持ちと 、
恋人の死が分かっていても愛するが故に一緒にいたいという実の気持に、涙が溢れます。
是非読んで欲しい書物です。

