詳細
この商品を買った人はこんな商品も買っています。
人生生涯小僧のこころ―大峯千日回峰行者が超人的修行の末につかんだ世界
「待つ」ということ (角川選書)
余命1ヶ月の花嫁
吉田松陰一日一言―魂を鼓舞する感奮語録
「残業ゼロ」の仕事力
人生生涯小僧のこころ―大峯千日回峰行者が超人的修行の末につかんだ世界
「待つ」ということ (角川選書)
余命1ヶ月の花嫁
吉田松陰一日一言―魂を鼓舞する感奮語録
「残業ゼロ」の仕事力
|
|
カスタマーレビュー
おすすめ度:
自ら死を選んだりしないように
(2008-01-30)
事故で死ねば、怨みの持っていきようがある。しかし、小児癌などで夭折した子を持つ親はその悲しみの持ってゆきようがないと思うのです。本書は、16歳だった次男を小児癌で失い、その後の悲しみを乗り越えた物語です。
自分の人生も終わった、もう二度と笑うことはないだろう。そう感じていたようですが、
その後、たくさんの出会いを通じて『種まく子供たち 小児ガンを体験した七人の物語』を出版(2001年)多くの反響を呼んだのです。そしてこの度は本書『いのちの灯台 生と死に向きあった9組の親子の物語』です。
どの子ももっともっと生きたかったのに、病魔に冒され生きられなかったのです。生かしてやれなかったのです。発達しているはずの医学の力でも治してくれない悲運に見舞われている人のいる一方で、自らの命を絶つ人がいます。生きたくても生きられない人がいるのに、どうして生きられる命を自らの意志で断ち切ろうとするのでしょうか。著者は、そのような訴えをしようとしているのです。
「死児の齢を数える」という諺もありますし、「死にし子、顔よかりき」という『土佐日記』
の記録もあります。逆縁で親に先立つほどの不幸はないと言われるでしょう。自ら死の道を選んだ自殺者がいる一方では、生きたいのに神様から見放された人もいるのです。子を亡くした親の気持ちがこのような書にほだされ、たくましく生きられるようになると同時に、自死を考えるような若い子がたくましく前向きに生きる契機にでもしてくれれば、この本を世に問うた意義が再生するものと確信致します。
本で読んでこんなに泣くとは
(2007-12-10)
この本で初めて知ったのですが、
子供を病気で亡くした親が、その体験を学校で語る「命の授業」という活動があるそうです。
この本は、その活動に参加している9人のお話をまとめたものです。
帰りの電車の中で読み始めたのですが、最初の十数ページで
涙がボロリボロリとこぼれ、とても読み進められなくなったので、
自宅で読みました。自宅でも、涙が出て非常に困りました。
例えば、
「私はね、死ぬのはこわくないんです。楽しみもあります。
だって自分の子どもに会えるんですもの」
「死んだら天国に呼んでもらって、そして神さまに会ったら質問しようと思っています。
『神さま、なんで罪もない、何も悪いことをしていない子どもたちを病気にして、たくさんのいのちを奪っていくんですか?』」
という父親。
例えば、
「私のいのちが尽きたときは、あの子と同じところに行きついて、『がんばったね。お母さん、さすがだね」と、いってほしいんです」
という母親。
時間を無駄にしている自分。
日常を幸せと感じていない自分。
背中からどやしつけられるような、そんな思いになります。
本を読んで、こんなに泣いたのは「病院で死ぬということ」以来です、たぶん。
おすすめ度:
自ら死を選んだりしないように
事故で死ねば、怨みの持っていきようがある。しかし、小児癌などで夭折した子を持つ親はその悲しみの持ってゆきようがないと思うのです。本書は、16歳だった次男を小児癌で失い、その後の悲しみを乗り越えた物語です。
自分の人生も終わった、もう二度と笑うことはないだろう。そう感じていたようですが、
その後、たくさんの出会いを通じて『種まく子供たち 小児ガンを体験した七人の物語』を出版(2001年)多くの反響を呼んだのです。そしてこの度は本書『いのちの灯台 生と死に向きあった9組の親子の物語』です。
どの子ももっともっと生きたかったのに、病魔に冒され生きられなかったのです。生かしてやれなかったのです。発達しているはずの医学の力でも治してくれない悲運に見舞われている人のいる一方で、自らの命を絶つ人がいます。生きたくても生きられない人がいるのに、どうして生きられる命を自らの意志で断ち切ろうとするのでしょうか。著者は、そのような訴えをしようとしているのです。
「死児の齢を数える」という諺もありますし、「死にし子、顔よかりき」という『土佐日記』
の記録もあります。逆縁で親に先立つほどの不幸はないと言われるでしょう。自ら死の道を選んだ自殺者がいる一方では、生きたいのに神様から見放された人もいるのです。子を亡くした親の気持ちがこのような書にほだされ、たくましく生きられるようになると同時に、自死を考えるような若い子がたくましく前向きに生きる契機にでもしてくれれば、この本を世に問うた意義が再生するものと確信致します。
本で読んでこんなに泣くとは
この本で初めて知ったのですが、
子供を病気で亡くした親が、その体験を学校で語る「命の授業」という活動があるそうです。
この本は、その活動に参加している9人のお話をまとめたものです。
帰りの電車の中で読み始めたのですが、最初の十数ページで
涙がボロリボロリとこぼれ、とても読み進められなくなったので、
自宅で読みました。自宅でも、涙が出て非常に困りました。
例えば、
「私はね、死ぬのはこわくないんです。楽しみもあります。
だって自分の子どもに会えるんですもの」
「死んだら天国に呼んでもらって、そして神さまに会ったら質問しようと思っています。
『神さま、なんで罪もない、何も悪いことをしていない子どもたちを病気にして、たくさんのいのちを奪っていくんですか?』」
という父親。
例えば、
「私のいのちが尽きたときは、あの子と同じところに行きついて、『がんばったね。お母さん、さすがだね」と、いってほしいんです」
という母親。
時間を無駄にしている自分。
日常を幸せと感じていない自分。
背中からどやしつけられるような、そんな思いになります。
本を読んで、こんなに泣いたのは「病院で死ぬということ」以来です、たぶん。

