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自由を考える―9・11以降の現代思想 (NHKブックス)
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カスタマーレビュー
おすすめ度:
大法螺吹きまくり
(2007-04-16)
実証力もなければ想像力もない良い大人たちが、恥も外聞もなく、好き勝手なことをしゃべっている。ここには何の発見もなければ創造性もない。失望させられるお宅連のおしゃべりに金と時間の無駄な投資をしたい者は誰もいない。
オタクのパースペクティブ
(2005-12-25)
オタクをテーマに開かれたフォーラム、そのプレゼン&対談を文章化したもの。東浩紀、竹熊健太郎、斎藤環、小谷真理らオタク学(?)においてはおなじみの面子がそろってる。
内容は生粋のオタクにとっては多分「もう知ってるよ」/「それはちょっと違う」だと思うが、オタクというもののカテゴリーとそのパースペクティブを知る/再確認するという点ではよいのではないだろうか。決定版ではないけれども、いわばオタクの自己言及のため言説本じゃないだろうか。
オタクニューカマーにとっては入門本にしてもいいし、それ以外の人は理論武装や議論のネタとしてもいいだろう。だが、内容が清新で画期的かというと、首肯できないところがある。
だが、個人的にはオタク自身がなかなか気づきにくい「セクシャリティ」を問題にしていたのは、それなりに意義のあることだと思う。
難解な話を わかりやすく
(2005-05-31)
こんな↑のような本はいくらでも出ています。いくらでも。山のように出ています。
ですが、わかりやすすぎて今自分がわかったことが前にわからなくて苦しんでいたことと同一のものかどうかわからなくなるという経験をお持ちでしょうか。これはまさにその本です。
対立から見える真意
(2005-05-10)
軽い本かと思って読んだら実に「濃い」対談集だった、というのが素直な感想。構成は、8本の短い報告と約100ページにわたる対談なのだが、報告の方はやや物足りない(編者の報告は『動物化するポストモダン』のおさらいのようなもの)。しかし対談は、互いに遠慮なく批判しあっていて熟読に値する。感情的に罵り合うものや互いの功績を賞賛し合う類の対談ではない、のがよい。永山氏は本書で「僕だけの小宇宙をいかに居心地よくしつらえるか、それがオタクの行動原理である」と言う。そしてそういう傾向に批判的だ。しかし東氏、斎藤氏はそういう傾向を肯定しているかのようだった。二人は、オタクを分析することで分かる「発見」を純粋に楽しんでいるように思えた。また東氏が「オタクは動物的に動いていると見る方がよい」と言うのに対して斎藤氏は「人を動かすのは無意識の欲動」と譲らない。こういう決定的な対立点が明示されているところも本書の魅力だろう。
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内容は生粋のオタクにとっては多分「もう知ってるよ」/「それはちょっと違う」だと思うが、オタクというもののカテゴリーとそのパースペクティブを知る/再確認するという点ではよいのではないだろうか。決定版ではないけれども、いわばオタクの自己言及のため言説本じゃないだろうか。
オタクニューカマーにとっては入門本にしてもいいし、それ以外の人は理論武装や議論のネタとしてもいいだろう。だが、内容が清新で画期的かというと、首肯できないところがある。
だが、個人的にはオタク自身がなかなか気づきにくい「セクシャリティ」を問題にしていたのは、それなりに意義のあることだと思う。
難解な話を わかりやすく
こんな↑のような本はいくらでも出ています。いくらでも。山のように出ています。
ですが、わかりやすすぎて今自分がわかったことが前にわからなくて苦しんでいたことと同一のものかどうかわからなくなるという経験をお持ちでしょうか。これはまさにその本です。
それぞれの違った資質が展開し続けます。それは網のように広がり展開していきます。するとわかりにくく語る人の意味が、わかりやすい人によって自然とわかるように仕向けられていくのです。ではその逆は?わかりやすい人の語ったわかりやすいはずの概念や用語は、難しく語る人によって高度な意味へと昇華されるのです。もちろん全ての試みがうまくいくわけではないです。
もんだいをひとつだけいえば、わかりやすく語る唯一の人である竹熊先生と他の論者との議論がリンクしていないことです。蜘蛛の巣崩壊。
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軽い本かと思って読んだら実に「濃い」対談集だった、というのが素直な感想。構成は、8本の短い報告と約100ページにわたる対談なのだが、報告の方はやや物足りない(編者の報告は『動物化するポストモダン』のおさらいのようなもの)。しかし対談は、互いに遠慮なく批判しあっていて熟読に値する。感情的に罵り合うものや互いの功績を賞賛し合う類の対談ではない、のがよい。永山氏は本書で「僕だけの小宇宙をいかに居心地よくしつらえるか、それがオタクの行動原理である」と言う。そしてそういう傾向に批判的だ。しかし東氏、斎藤氏はそういう傾向を肯定しているかのようだった。二人は、オタクを分析することで分かる「発見」を純粋に楽しんでいるように思えた。また東氏が「オタクは動物的に動いていると見る方がよい」と言うのに対して斎藤氏は「人を動かすのは無意識の欲動」と譲らない。こういう決定的な対立点が明示されているところも本書の魅力だろう。

