いのちの作文―難病の少女からのメッセージ (ドキュメンタル童話シリーズ)
ママ、笑っていてね ガンと向き合い、命を見つめた娘の贈り物
命を見つめて―骨肉腫の少女が、母とともに命見つめた1年9カ月の軌跡 (Bamboo comics)
瞳スーパーデラックス
神様、私をもっと生きさせて!―小児がんと闘った青春期4年間の命の詩
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幸福とは? 生きるとは?
家族の愛に包まれて力強く生きたわが娘。その姿を母が綴った闘病記です。
11歳で骨肉腫を患い、2年後の平成16年9月に他界した瞳さん。
告知されても、過酷な治療にめげない強い精神力で、3度にもわたる転移を乗り越えられたのです。
周囲への気配りと感謝の絶えない瞳さんは、病魔にさえ“命の尊さを教えてくれた。ありがとう”と言うのです。そして、その思いを込めた作文「命を見つめて」は死後、全国作文コンクール優秀賞に。
幼い命の死は、より一層もの悲しいものです。
でも、病気や死が、そのまま不幸なのではないという、その小さくも力強い声を、私たちはどう受け止め、そしてどう生を充実させていくのか。すごく考えさせられました。
生きること、それ自体が、どれだけすばらしい可能性なのかを示してくれたと思います。
そんなさまざまがギュッとの詰まった一冊でした。
もっと瞳さんのことを知りたかったです。
ネットで瞳さんのことを知り、本を注文しました。闘病記というので日記などを想像していたのですが日記ではありませんでした。本の内容紹介の通りです。絵が得意で他の患者さんに絵で勇気を分けていたというほどだったそうなので、絵も見てみたかったです。もっと瞳さんのことを知りたかった、です。
だからこそ、一日一日がとても大切なんです。
福岡県大牟田市の小学6年生だった猿渡瞳ちゃんはある日、右大腿骨と肺にガンがみつかります。懸命な抗がん治療を受ける瞳ちゃんですが、中学2年生だった昨2004年に残念ながら帰らぬ人となりました。本書は彼女が亡くなる2ヶ月前に弁論大会用に書いた「命を見つめて」という作文を中心にまとめた一冊です。大牟田市で小学校教諭をしている知人に薦められて手にしました。
瞳ちゃんは書きます。
幸せとは、
「地位でも、名誉でも、お金でもなく 『今、生きている』ということなんです。」
瞳ちゃんの筆致は、まだ13歳という幼さが持つまっすぐで潔癖ともいえるほどの理想に彩られています。それを子供なりの無邪気さから発したものであると、さかしらな大人は微苦笑とともに眺めることも可能でしょう。
私自身はこの十年の間に、腰痛を長患いしたり、激しい痛みを伴う結石で二度も救急車に乗ったり、突然のアナフィラキシーで意識混濁に陥ったりと、たびたび病に倒れました。
幸い今のところは健康な日々を過ごしていますが、病気に苦しんだ経験があるからこそ今の健康に人一倍感謝をし、命の重さや愛しさを今までにないほど強く感じることができるようになりました。
そして――決して不治の病に罹っているわけではないにしろ――、一日一日を精一杯生きようという気構えだけは養うことができたと考えています。
瞳ちゃんは最後に作文をこう締めくくっています。
「みなさんも、今生きていることに感謝して 悔いのない人生を送ってください。」
この言葉に胸を衝かれることがあるような恥ずかしい人生だけは送るまい。背筋が改めて伸びる思いのする本です。
伝えられる『願い』、残される『道』
問題は自分が『世界一幸せ』と言えますか?ということです。
嘘でも言えますか?ということです。
もちろんそれに懸賞金が付いてたり、
僕の言葉の足を取るためだったりしたなら言えるでしょうが、
「調子はどう?」なんて聞かれたときに、
何気なく「私は世界一幸せ」だと返事をできますか?
・・僕には無理です。
ですが、このガンに全身を侵されたこの少女はそう言いきったのです。
それは世界で一番強く、大きいことです。
瞳さんの言葉、文章、そして何よりも笑顔がたくさん詰まったこの1冊。
たいへん学ぶところがありました。
読めば伝わってくることなのですが、
瞳さんは病気を受けることによって、
世界中の全てを包める『心』を得たように思われます。
そしてそれは命を奪われるような病に侵されないと得られないものなのか?
違うと思います。
簡単なことではないでしょう。
ただし、僕はこの本を通して、そんな『心』を得たいと思う『願い』、
得るための『道』をもらったように思いました。
いつか僕にも、世界中の人にも、瞳さんのような強く、広く、優しい心を・・
ありがとう
ある時期病院で一緒でした、綺麗で可愛いくてすごく素直な印象に私の娘12才(今年6月に亡くなりました)が友達になりたい‥と、全然病気を感じさせない笑顔に引かれたようです、その後すぐに退院したので瞳ちゃんの様子が解らず、本が出てから知る事になって‥ごめんなさい、涙がとまりませんでした。お母さんは最後まで瞳ちゃんの気持ちを第一に考え支えて来られたんですね、13才の瞳ちゃんがここまで病気と闘う力を得たのも、前向きで明るい家族の絆があったからですね、瞳ちゃんが13年間生きて来た証、命の大切さをたくさんの人に知ってもらいたいです。

